布団

妖精に乳首はねえ

ゾンビに成長する

延々と偽りの自分を抽出し、体裁を整え、描き、といった特段おもしろいこともない作業を繰り返しているとたぶんそのうち気が触れる、でもみんなやってるし僕もやる、気が触れることでみんなの仲間入りです。ゾンビは人間から見れば気が触れているけど、ゾンビにもゾンビなりの考えがあって、アーウーとよたよた歩いて来て人間に噛みついてそいつもまたゾンビへと変えてしまうのは、ゾンビになることが人間であることよりも幸せで優れているから。ゾンビは人間以外のものを食べませんし、人間に関しても食べているのではなく人間に噛みついてそいつを仲間にするため。人間のように牛や植物を食べることもなく、ゾンビは地球にやさしいのです。偉大なる漫画家が言っていたので間違いありません。ともかくまあそれと同じことで、気が触れていないうちは気が触れることを特別恐ろしいことであるように考えますけど、それはただ自分の知らないものにレッテルを貼っているだけで、あちらこそが正常で本当は気が触れているのは私たちかもしれないのに。要は自分が特別だと思っているから、そのような人たちを見て気が触れていると言うのです。といってもその内実は自分の現状から新たな段階に適合するという一般的な成長であるにすぎないのに、みんな同じになっているとはとてもとても言えないのに、傲慢にも他の人間を一括りにして、己は彼らとは一線を画した優れた点のある人間であると心のどこかで期待しているからこそ、その成長を画一化だとか気ちがいだとか、そうやって罵るのです。須く人間は己を特別な人間であると期待してしまうことそれ自体は決して罪ではないけれど。