布団

妖精に乳首はねえ

昔、メンヘラと男色おじさんがいて

実にありがちでつまらない与太話の一つとして受け取ってもらいたいのだが、2年ほど前に幽霊のようなものと遭遇した。ようなもの、と歯切れの悪いのは確信が持てないからです。私はアパートで独り暮らしをしていて、用事を済ませて家に昼過ぎに帰ってくると隣の部屋のドアが開いていて、中をちらりと覗くとカーテンを閉め切った部屋で髪の長い女性が体操座りで座っていた。体操座りや三角座り、体育座りなど色々な呼び方がありますね。その後3時間ほどしただろうか、もう一度私が部屋を出るときも全く同じ態勢で微動だにしておらず、あらまあ俗に言うメンヘラってこういう人のことなのかしらんと、家を出た。その後大家さんと話をしていると、件の私の隣の部屋には入居者はいないとのことです。しかしよくよく考えてみればあれが幽霊でいてくれた方がまだましで、もしあれが生身の人間だった時の方がもっと怖い。うちのアパートにはオートロックがあるので。ちなみに先日隣の家に女性が引っ越してきたのだけど、あいさつをしても全くこちらを見もしないのでこれはこれで困っている。隣人として良いのは幽霊とメンヘラどちらか。

 

 

 

 

うちのアパートの大家さんはとても良い初老の男性で、昼時に会えばご飯に連れていってくれるし、鏡を割ってしまってもすぐにただで代わりの鏡をくれるし、鏡をくれるついでに桃とブドウもくれる。ただより高いものはないので最近は大家さんの親切が何だか緊張感のあるものに思えて、もしも大家さんに男色の気があったら断りきれないような気がする。受けた恩義は何とかして返さないといけない。でも断る。

 

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マイノリティにも日の光が当たり始めたこのご時世、男色の気がある人間が存在するのは認めるけど正直な気持ち私には関わらないでほしくて、高校生の時に学校から駅まで歩いて帰っていたら30代くらいのおじさんに県庁までの道を尋ねられたので駅に行く道の途中にあるしということで一緒に10分ほどおしゃべりしながら帰ったことがある。最初は学校のことや所属している運動部のことを話していたのだけど、バイトはやっていないのかと聞かれ部活で忙しくてやってませんと答えると、私の裸をビデオで撮影させてくれたら5万円あげると言われ、突然の男色カミングアウトと流れるような男色オファーに驚いた私はまだ童貞なのでそういうのはまだ早いですとわけのわからない回答をした。実にわけのわからない回答だったと見えておじさんも驚いていたのか、気がつけばどうして私に彼女ができないのかといった恋愛相談を男色おじさんとして、確かサバサバしすぎているという評価をもらったと思う。男色おじさんはあって5分の私からサバサバしすぎていることを見抜いたのですごいなと思います。そんなこんなで県庁の道を教えて和やかにお別れをした。和やかといっても心中は寿命の縮む思いだったし、今考えると5万円は安すぎる。男色おじさんは己の市場価値を理解していない男子高校生を買い叩くのをやめてほしい。後日駅のトイレでばったり男色おじさんと再会したときは、しかも男色おじさんが私のことをよく覚えていたので心底驚いた。

息子次第で君も剣豪になれる

バイト先がちょっと高級な飲食店なので、金をいくらか持った人間がやってくる。これは結構有名なことかもしれないけど金をいくらか持った人間は2種類に分類できて、どんな人にでも丁寧で物腰の柔らかい人間か、自分より何かしらの面で劣る人間に高圧的にふるまう人間の2種類で、後者と接するのはいくらそういった人間の言う言葉を聞き流そうと心の中で思っていたとしてもやはりどうにも疲れる。さらにそういう人間に限って酒に酔うとさらにひどくなることが多くて、以前酒にひどく酔った小金持ちにお前は浄土宗なんだから青森に行けと信じられないくらい高圧的で怒気を孕んだ口調で言われた時は本当に腹が立ったし、すぐ手元にあった肉切り包丁が妖しく光ったように見えた。殺意に呼応する肉切り包丁なんて物騒なものを飲食店に置くな。しかしもしあの時肉切り包丁を取っていれば私の偉大な剣豪への道が開かれていたのかもしれないなと思うとワクワクする。それと私は浄土宗じゃなくてクリスチャンです。何度言っても聞かないので実に腹立たしい。

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このブログで使った画像の内訳が刃物×2 裸の男×2 泥団子×1となっているのは興味深い。

 

 

 

何かで聞いた話が混ざりに混ざったような気がするのだけど、古来より剣豪は修行の合間にそこらの山に生えている竹に陰茎をしごいて自慰をしたとかいう話が実に好きで、それが嘘かどうかということはどうでもよくて、無精ひげ生え放題血走った眼の剣豪が竹で己の陰茎をしごいている様を想像すると実に愉快だ。剣豪の自慰はあまりにもストイックで、もはやそれは一般の人間からすれば自慰というよりも修行の一環で、しかしそれが剣豪にとっては快楽なのだから、実に愉快だ。それに剣豪にはちんこなどという生ぬるい単語は似合わなくて、やはり陰茎という言葉のよく似合うこと。陰茎の似合う男になれば剣豪への道のりももう道半ばといったところか。女性剣豪のなり方は私にはわからないので、もしもそのような方がいたら力添えすることができず申し訳ない。

おかしな思考の、

夢というのは気が狂っているものなので、夢を見る人間もまた気が狂っている。夢の一番厭なのは急な場面転換と不可思議な舞台装置に簡単に自分がついていけてしまうことで、何一つ理解できないはずの事象はすべて夢という枠組みの中でのみ働くわけのわからぬ論理に導かれてするりと狂った脳に入り込んできて、学校の廊下を遊泳する鮫やいつまでも落ちていく段ボール、リンゴ星人、初期のこち亀の絵柄で描かれた世界、具体的な存在から朗らかさといった概念的な存在まですべてが箇条書きで存在する白い土地を、なるほどもっともなことであると狂人と惰眠を貪る動物に教える。嗚呼、貘よ。恐ろしい生き物よ。夢を見る人間は気が狂っているけど、起きたとき夢の内容を忘れている人間は幸せなことで、そういう人間は正気を取り戻せたので良かった。夢を見ている人間は頭がおかしいが夢を見た人間は真っ当だ。夢を見たことのない人間も気が触れている。人間は時制と否定に縛られて生きている。それと夢。夢で生活すればあらゆる幸せを犠牲にしてあらゆる幸せを獲得できるけど、そういう生き方は本当に嫌いなので、それとおなかがすくと本当に人間はつまらないことしか考えられないなあと思ったので、近所の中華料理屋に行ってテレビにニュースを押し付けられながら五目焼きそばを食べました。人間は夢に縛られますか。

瑕一つなく光る

私の実家では骨壺を傘立てにしている。待ってくれ、もう少しだけ話を聞いてほしい。完全にとち狂った家と思わないでくれ。実家のすぐそばに納骨堂があったのだが、庭で壺を掘り当てた小学校のころは、不思議な色の砂が入っている立派そうな木の壺としか思っていなかった。壺に入っていた不思議な色の砂の正体はあの壺がもし本当に骨壺なのであれば完全にアレなのだが、バカだったのでそんなことは欠片も考えず泥団子の仕上げのコーティングに使った。いい泥団子が仕上がったように記憶している。光る泥団子が流行っていた。実家のそばにある納骨堂がどういうものであるかを理解したときにはもうその壺はすっかり我が家の傘立てとしての存在を確立させていて、それに立派な壺だったので重心もやたらとしっかりしていて、私もまあいいかとそのままにした。納骨堂からどういうわけか飛び出してきて我が家の庭に埋まり、子どもに掘り当てられ、光る泥団子のコーティングに使われてしまった遺骨に対する罪悪感と、納骨堂から骨壺が飛び出すわけはないのであれは骨壺じゃないんじゃないかという疑念は骨壺を見るたびに甦ってきて、多分私があまり帰省したがらないことと骨壺は無関係ではない。

 

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年末は帰省します。

縄・爆弾・麻雀

そういえば最近は僕にしては珍しくせわしなかった。中核派のアジトで鍋を食べたり和歌山県から来た会って2秒でしゃぶらせてくれるという3人のゲイに酒を注いだり縄で縛られたり(ゲイに縛られたわけではない)結婚式の模擬練習をしたり(ゲイと練習したわけではない)していた。結婚したい(ゲイと結婚したいわけではない)。せわしいもせわしないも同じくいそがしいという意味なのは大変不思議で、でも調べるつもりは一切ありません。そういう気にはなるけど知ろうとは思わない事柄を大切にしたくて、ウユニ塩湖がどうしてあんな景観になるのかとか海の色が青い理由とか、空の色も何で青いのかな。宇宙は黒いと聞いているのに。もやもやしたものばかりが世界にあふれると僕が住みやすい世になる。そういうのが好きなので。住みやすい世を作りたい。政治家になりたい。政治家になってゲイも住みやすい世を作りたい。

 

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ゲイはたいていパンツの位置がおかしい。

 

 

 

夢で特攻隊の夢を本当によく見るのだけれど、これは多分小さいころに鹿児島の知覧というところにある特攻隊資料館に行ったためで、とにかく特攻隊というものが怖い、死を強要される夢が怖い、それは誰でも怖い。小さいころはそのショックな体験をそのままひきずって飛行機に乗って特攻させられる夢を見ることが多かったけど最近は本当に不条理な特攻を強いられる夢が多くて、高いビルのてっぺんから爆弾を抱えて特攻するなんて夢を見たときは夢の中で自国で自爆特攻とはこれは一体何の意味があるのかと聞いたけど上官に殴られて、自爆テロなんかのイメージも混ざりだしてだんだん特攻隊とは関係なくなっては来ているけど特攻の夢を見たときは最悪の気分で起きることになるのだけれど、大体嫌な夢を見て数日は麻雀が強い気がするので麻雀を早くしたい。逆説を導く接続詞けどを連続で用いる文章は本当に最悪だ。最も悪い。それはいいとして全国の幼き子を持つ父母に伝えたいのは、幼いころに特攻資料館などのある種ショッキングな経験を子どもに軽々しくさせてはいけなくて、当然戦争の恐ろしさ、不条理さなどは子どもたちに伝えていかなければいけないのだけど、その時はきちんと子どもの感受性の発達状況やその後のフォローについて考えた上で、大丈夫だと判断してから経験させてやるべきで、感受性が発達していないときにそういう経験をするとものすごい子どもになるかものすごくヤバい子どもになるかの二択ですので、僕は残念ながら後者のようで自爆と麻雀を結びつけるような最低な人間になってしまった。多分これは父さん母さんは悪くない。昨日の麻雀はプラマイゼロでした。ママ、僕頑張るよ。

住んでいる街の話

紅葉は曇り空に映えると思う。空が低くなるような、大きな綿埃を背景にした紅い星形の葉は何にもまして美しいと思っていた。しかし本当は紅葉は夜の池に最もよく映える。煌々と明るい月に照らされて池の面に映る葉と幹は、平らであるはずの水面を、地球の奥深くまで、いやそれよりもさらに果てしなく続く、大きな大きな穴に変えて、穴は静寂に居て、そして唸りをあげて見る者に襲い掛かってくる。穴というよりそれはもう黒がそこにあるといった風情で、ニーチェの親分の言葉をあえて誤用するならば深淵を覗き込むときには深淵もこちらを覗いているので、穴に落ちている紅葉をもっとよく見たいからといって迂闊に覗き込んではいけない。底のない真っ黒に落ちて落ちて落ち続けてしまうよ。それでも怖いもの見たさに紅葉の時分になると毎年見に行くので紅葉狩りは肝試しだ。紅葉が夜の水面に映えるというより、夜の水面が紅葉によく映える。

お父さんの仇とか女子高生のスカートとか

少し前の話だが電気が止まってしまった。別に電気代が払えなくてというわけでもなくとにかく無精なので2ヶ月に一度は電気料金を支払わなければならないのを忘れてしまい、さらに無精なので自動振り込みの手続きもしていないので、気を抜くと電気が止まる。大学に入ったばかりの時、先輩が夜急に50円貸してくれ!電気が止まる!と言っていて、こうはなるまいと思っていたけれど今どちらがマシなのか自分には判断がつきません。その先輩に教わったことには支払期限の関係でガスは3ヶ月周期、電気は2ヶ月周期で止められるので、6ヶ月に一度電気もガスも止められる地獄の月がうまれるそうで、何となく戦慄したのでネットでポチポチボタンを押すだけで自動振り込みが完了するガス代だけは自動振り込みのおかげで一度も止まったことがない。ただ、我が家の給湯器はガスと電気両方がなければ動かないようで、まあ当然といえば当然なんだけど、そういうわけで2ヶ月に一度電気が止まるとお湯が出ず、暗闇のなか冷たいシャワーを浴びることになり、死や貧困、行ったこともないインドやタイについて考えることになる。タイの孤児を拾って武術を習わせて、大人になったら実はお前の両親を殺したのは俺だ、お前には俺を殺す資格がある、とか言いたい。


電気が止まったときの対応はもう慣れたもので、さすがに電気が止まると無精だのなんだのいってられないので支払いを済ませて電気会社に連絡する。一度携帯の充電がきれたときに電気が止まったときは苦労した。連絡してもすぐに電気が戻るわけでもなく、大体一晩は電気なしで生活するのだが、暗いので百均で蝋燭を買ってきて灯すとなんだか洒落た雰囲気が出て笑う。電気止められてるくせに。洒落た空気に流されて読書でもするかと思うけど、ページをめくったり呼吸をしたりするごとに炎がちらついて集中できないので大抵すぐやめる。そのあとは大体炎のちらつきを眺めて気がつけば夢のなか、という段取りなのだが、友人に言うと酸欠だのなんだので危ないと言われたので最近は寝る前に吹き消すようにした。人は自分だけで生きているのではなくて、人に生かされているんだと感じる瞬間だ。



人間がいつまでも眺めていられるもの、というものが3つほどあったはずで、波と炎ともうひとつなにかだったと思うのだけどさっぱり思い出せない。思い出せないので風になびく女子高生のスカート辺りだろうとふんで生活をしている。砂時計だったような気がしてきた。